田島彬の強さを考察していきます。
田島彬の経歴
現在年齢:29歳
17歳まで新道塾で空手を学ぶ。17歳のとき山本陸からの組手の誘いを拒み、「2年後なら勝てる」と新道塾を辞める。
中学時代には、空手の大会で佐川睦夫を後ろ回し蹴りで倒している。
昔、中東で撮影されたと思われる競技場で、2mを超える大男を殺害した経験もある。
19歳で山本陸を襲撃して片目を潰したあとは、上杉均との激闘で負傷していた入江無一を瀕死の状態に追いやり、総合格闘家へ転身したと思われる。
その後、金と名誉を手に入れるために、ボクシングに戦いの場を移し、見事WBC世界王者ウォーレンをKOで倒し、2億ドルとボクシングヘビー級王者の称号を手に入れ、帰国後はあっさりとボクシングを辞めて、最強の格闘家を決める最強トーナメントの開催を発表する。
また、ヘビー級タイトルマッチの前日に櫻井をトーナメントに参加させるべくアンダーグラウンドの試合もおこなっている。ここでは、シルムの横綱パクを相手に何もさせずに頭脳プレーで勝ちました。
陰陽トーナメントは田島が選んだ16名の強者で争われて、優勝者は後日田島と200億円をかけて勝負する。
特別ルールとして、柴原剛盛が優勝したときのみ、その日の田島と戦う。
田島彬の強さは?
田島彬は陰陽トーナメントを主催するわけですが、そのトーナメント参加者の中でもぶっちぎりに強いのか?という疑問はありますね。
実際に、田島は喧嘩でどの程度強いのでしょうか?
昔の田島は、17歳まで新道塾にいましたね。そのときの話で登場しているものは、佐川睦夫の過去のエピソード(喧嘩商売13巻)に掲載されている話のなかで中学時代の田島の活躍がちょろっと登場します。
以後は、17歳で山本陸には今は勝てない。組手でも負けるわけにはいかないと2年間姿を消します。
19歳で再び登場して、山本陸を襲い、入江無一を瀕死に追いやり、柴原には逃げられました。
ここまでに田島の強さ的には、新道塾では期待の新人って扱いで山本陸からも一目おかれるような存在でしたが、当時では山本陸には勝てないといって逃亡したので、17歳の田島は最強ではないでしょう。
では、2年間の修行後の田島はどうでしょう?不意打ちとはいえ、山本陸の片目を奪い、ダメージがあったとはいえ入江無一を仕留めたほどに成長しています。
しかし、やはりここでも強さは曖昧なものがあり、山本陸とも結局戦いませんでしたし、入江無一もダメージがあったので何ともいえないでしょう。
その後、ボクシングをやっている田島に関しても、ボクシングの技術自体ではウォーレンや石橋のほうが上だという感じでした。
アンダーグラウンドに参加したときには、頭を使った喧嘩をみせたり、ウォーレンとのタイトルマッチも思考操作などを使ってかったところから、佐藤十兵衛とも似た戦い方をする印象もある。
陰陽トーナメント参加者の競合よりも田島彬が強いのか?という疑問もあるがこのトーナメントで田島の本当に強さが明らかになるのかもしれないですね。