プロフィール
生年月日:1974年9月10日
国籍:クロアチア
身長:188cm
階級:ヘビー級
ニックネーム:「ターミネーター」「超人」など

 

選手メモ

ミルコ・クロコップは日本で活躍したキックボクサー、総合格闘家。

幼少期には内戦で父親を亡くしており、強くなければ大切な人を守ることはできないと身体を鍛え、やがて格闘技を始める。

 

スポーツも勉強も幼少期より優秀だった。

ミルコは母国クロアチアでは警察、議員なども経験している。

日本に試合で来日した際には当時の総理大臣だった小泉純一郎とも会談している。

 

2016年末に行われたRAIZINのヘビー級トーナメントでは全盛期の輝きを取り戻し見事トーナメント優勝。

久々に強いミルコが見れたが、2017年現在は膝の怪我で現役を続行するかどうかを考えている状態。

 

これまでの主な活躍

k-1参戦

k-1に初登場したのは1996年の3月で相手はジェロムレバンナだった。

k-1デビュー戦はバンナ相手に5Rで判定勝利を収めている。

以降k-1で実績を残したが、トーナメントの最高記録は99年の準優勝。

2003年のボブサップ戦を最後に完全MMAに移行しキックボクシングの試合をすることは10年以上なかった。

 

MMA挑戦

ミルコの総合デビューは藤田和之とで2001年だった。

以降はプロレスラー相手に総合でも連戦連勝だったため「プロレスラーハンター」のニックネームもついた。

最初のうちはk-1の合間のイベントで総合もやる程度だったが徐々に本格シフトしていった。

 

PRIDE本格参戦

ミルコがPRIDEに初参戦したのはPRIDE17の高田延彦との試合。

この試合で高田はミルコと引き分けている。(今思うと凄い!)

 

PRIDE本格参戦は2003年のPRIDE26のヒース・ヒーリング戦からで、

当時のヘビー級トップファイターだったヒーリング、イゴール・ボブチャンチンに完勝したことでノゲイラとのヘビー級暫定王座決定戦を行った。

 

ノゲイラ戦

 

怪我で戦線離脱していたヘビー級王者のヒョードルへの挑戦権をかけた暫定王座決定戦をノゲイラと行った。

序盤はミルコが圧倒的な打撃でノゲイラを完封し1R終了直前にはハイキックでダウンも奪った。

このままミルコがノゲイラをも圧倒して勝つだろうと思えたが、2Rにノゲイラがテイクダウンを奪うことに成功すると、あっさりと腕を取られて一本敗けした。

ノゲイラとの暫定王座決定戦はミルコのMMA初黒星となった。

 

ヒョードル戦まで

ヒョードルとミルコが戦ったらどうなるのか・・。

そんな期待の中で開催されたのが2004年に行れたPRIDEヘビー級トーナメントだった。

トーナメントにはヒョードルもノゲイラも出場していたので、当然BIG3同士の戦いに期待したが、、、ミルコは一回戦でケビン・ランデルマンに衝撃のKO敗けをしてしまう。

 

左フックからのパウンドで失神KO敗け

 

その後トーナメントの決勝戦でノゲイラがヒョードルに二度目の敗北をし、ヘビー級戦線でヒョードルに勝てるのはミルコだけだという空気に。

ミルコはランデルマンに敗けた後、ハイペースで試合をしていきランデルマンへもリベンジを果たした。

 

7連勝してミルコの相手はもうヒョードルしかいないというところで2005年8月についにミルコVSヒョードルが実現した。

結果は序盤はミルコも見せ場はあったものの、ヒョードルが徐々に試合ペースを握り判定勝利をした。

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無差別GP制覇

k-1時代から圧倒的な存在感、実力がありながらタイトルは未だに取っていなかったミルコが初めて手にしたタイトルが、2006年に開催された『PRIDEの無差別トーナメント』だった。

このときのミルコはキャリアの中でも絶頂期といえる強さだった。

 

準決勝ではヴァンダレイ・シウバを相手に力の差を見せつけ完勝し、決勝ではノゲイラを破ったジョシュ・バーネットをもKOにして優勝した。

ただ、このトーナメントにヒョードルは怪我で出場しておらず、無差別級の王者になったミルコとヒョードルとの再戦も期待されたが、この時期にPRIDEの不祥事で地上波放送はなくなり、2006年の大晦日を最後に団体は消滅し、PRIDEの強豪たちはUFCへ流れていった。

 

UFCへ

PRIDE消滅後はミルコも他のトップファイター同様にUFCへ参戦した。

しかしデビュー戦こそは勝利したものの、その後は連敗し再び日本の格闘団体へ戻ることになった。

 

再び日本へ

このときの日本のMMA団体はHERO’Sの後任のDREAMが行われており、ミルコはDREAMや年末の興行に参加することが多かった。

DREAMでは当時の最強候補だったアリスター・オーフレイムと対戦したが、アリスターのローブローにより試合続行が不可能になりノーコンテストとなった。

 

このアリスター戦あたりからミルコは下り坂になってきたように思える。

アリスター戦は結果的にはローブローでのノーコンテストだったが、内容自体はアリスターが完全に推していた。

 

再びUFCへ

日本の格闘技が完全に下火になってくるとミルコは再びUFCへ参戦した。

結局UFCでは結果を残すことはできずに、2009年あたりから引退発言が出たりしてミルコの全盛期は過ぎたように思えた。

 

2016年 RAIZINトーナメントで再び強さを見せる

2009年以降はパッとしない試合が続いたミルコだったが、2016年に行われたRAIZINのトーナメントでは強豪相手に全盛期に近い強さを見せつけ見事優勝した。

トーナメント優勝後の会見では引退についても触れており、怪我の具合次第では今後戦うことはないかもしれないと発言していた。

 

今までも何度も引退するしない発言はしていたミルコだったが、大抵は上手くいかない敗け試合の後だったりしたが、今回のトーナメントでは全てKO勝ちで内容も圧倒的だったため本気なようにも思える。

 

年齢もすでに43歳なので限界は近いかもしれないが、引退試合をしっかりとやって引退して欲しいですね。

同世代のレジェンド選手たちはまだ現役の選手も結構いますし、2018年以降にもミルコの試合がまた見れることに期待したいですね。

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