プロフィール
生年月日:1970年10月25日
身長:192cm
階級:ヘビー級
国籍:オランダ
ニックネーム:「20世紀最強の暴君」

選手メモ

ピーター・アーツはk-1などで活躍した元キックボクサー。

k-1では初期から活躍しており、アンディ・フグとも過去4度戦っている。(戦績は2勝2敗2KO)

94,95と世界トーナメント連覇をしており2年連続優勝もしている。

98年にも王者となり、合計3度の優勝をした。

 

99年以降も毎年のように決勝トーナメントに参加するも以後2010年まで優勝はできなかった。

一時はもうだめだと思われるほどの不調期もあったが、2000年代後半には40歳近くになって全盛期に近い強さに戻って驚かせた。

MMAにも挑戦しており、これまで3回試合しており戦績は1勝2敗。

 

アーツの絶頂期はいつ?

ピーター・アーツの絶頂期はいつ頃だったろうか?

連勝記録だけでいえば、93年の決勝トーナメントでホーストに判定敗けしてから、96年の決勝トーナメント一回戦でベルナルドにKO敗けするまでの約3年間で19連勝という記録がある。

 

この期間にアーツはk-1の世界王者に2年連続でなっており、最強時期であったのは間違いない。

ニックネームである「20世紀最強の暴君」というのもこの時期くらいからついたもの。

 

その後、2000年くらいまではたまにハードパンチャー相手にKO敗けすることはあっても、ヘビー級とトップレベルともなれば、一発かするだけでもKOに繋がってしまうので、仕方ない部分はある。

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アーツの強さに陰が見え始めたのは、2000年のシリルアビディ戦あたりからだ。

当時アビディはフランス国内ではそれなりに経験を積んでいたが、k-1では無名選手で、アーツ相手の噛ませ犬的なポジションの選手だったが、アーツはまさかの1RKO敗けをしてしまう。

 

アビディとの再戦は翌月にすぐに組まれることになった。

が、再戦の結果も同じで1RKO(タオル投入)という形でアビディに連敗してしまう。

このときはアビディが強いのか、アーツが弱くなったのか、それともただ相性が悪いだけなのか、なんとも言えない部分もあった。

(その後のアビディの成績を見てもアーツの不調や相性面が原因だったように思えます)

 

その後、2000年代は不調期が続きますが、2000年代後半に入ると再び全盛期の強さを取り戻し、トーナメントでも結果を残します。

2000年代後半はセーム・シュルトが絶対王者として君臨していましたが、シュルトとも死闘を演じ、アリスターオーフレイム、バダ・ハリといった乗りに乗った選手相手にも互角の勝負をしていた。

 

本人曰く、若いときのように遊ばなくなった事が全盛期の強さに戻った理由とのことです。

アーツが最後にキックの試合をしたのは2014年5月で、実質的にこの試合が引退試合となっている感じです。

 

その後2015年の大晦日には把瑠都と総合ルールで戦っています。

ちなみに、この試合はジェロムレバンナが把瑠都と戦う予定でしたが、バンナが直前で試合放棄したため、急遽代役としてアーツが出場することになった。

 

アーツのこの手の代役は、アーネストホーストの引退年にボブサップとのリベンジマッチが組まれたときにサップが前日逃亡したときにも急遽アーツが代役としてホーストと戦いました。

アーツがリングに上がった最後は2015年年末のRAIZINですが、現在47歳ですが、他の同世代ファイターの動きを見る限りでは、アーツもまだまだRAIZINのリングに上がる可能性はありそうです。

 

アーツの息子がキックボクシングデビュー

2017年夏にアーツが主催したキックボクシングのアマチュア大会にアーツの息子と娘が参加して話題となった。

 

★ピーター・アーツの子供

 

長男:マルシアーノ・アーツ(写真アーツの左)

長女モンタナ・アーツ(写真アーツの右)

 

2人は2001年生まれの双子の兄妹のようです。

 

マルシアーノは16歳で身長が185㎝あり、体重は70kg

モンタナも同じく16歳で身長172㎝、体重56kg

 

体重はまだ軽いが父親譲りの高身長で将来はヘビー級で活躍できるのか期待ですね。

 

アーツは子供たちに関して

「やりたいならやりたいようにやればいい。格闘技をやりたいなら父としてサポートするよ。」と語っている。

 

元々子供たちは格闘技だけをやっていたわけではなく、息子はサッカーやバスケ、娘はバレエやテニスもやっていたようです。

近い将来にアーツジュニアが日本のリングに上がる日が来るかもしれませんね。

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